講談杮落とし

仕事の合間に読んだ本やドラマ、アニメ、映画の記録です。

『掟上今日子の鑑札票』あらすじと感想(ネタバレ含む)

 夜分に失礼します。こけらです。

 今回は西尾維新さんの掟上今日子の鑑札票』です。

掟上今日子の鑑札票 忘却探偵

 本作は【忘却探偵シリーズ】の13作目にあたります。

 前々作、『掟上今日子の乗車券』巻末で予告されていた『五線譜』と、その次の『伝言板』をすっ飛ばしての本作。西尾さんの予告詐欺は今に始まったことではないので、気長に待つとしましょう。

 

 ちなみに「鑑札」とは、居住区に飼い犬を登録した時に発行されるものだそうです。登録番号が明記されていて、飼い犬には必ずつけておかなければならないとか。人間で云うところの戸籍登録証明書みたいなものでしょうか。

 

 

あらすじ

「私は彼女を知っている。忘却探偵になる以前からね」

 殺人未遂事件の容疑者にされた青年・隠館厄介。いつも通り忘却探偵・掟上今日子に事件解決を依頼するも、その最中、今日子さんが狙撃されてしまう。一命を取り留めた彼女だったが、最速の推理力を喪失する。犯人を追う厄介の前に現れたのは、忘却探偵の過去を知る人物だった――

 

 

ついに忘却探偵の核心に……⁉

 今日子さんの「以前」、つまり記憶喪失になる前の話は、何となく匂わせられてはいました(作創社の紺藤文房など)。今作はその核心をズバッと突いた……という訳では相変わらずないんですよね。ホント煙に巻くのが御上手。語り部はご存知隠館厄介。本作では『冤罪王』などという不名誉な称号が付いています。狙撃犯の疑いをかけられた彼が、最速の推理力を喪失――もとい「記憶喪失であること」を忘れてしまった今日子さんの正体に迫る、というものです。冤罪を晴らそうと躍起になっている最中に、今日子さんの核心に触れていく感じですね。

 

 

 

登場人物

 シリーズ登場歴のある人物はこんなところです。

・隠館厄介(かくしだて・やくすけ)・・・・・・・・・・語り部、冤罪体質の青年

掟上今日子(おきてがみ・きょうこ)・・・・・・・・・最速の探偵(?)

・里井有次(さとい・ありつぐ)・・・・・・・・・・・・漫画家

 

 里井有次は、第一作『掟上今日子の備忘録』で初登場した売れっ子漫画家の女性です。例の「盗まれた100万円を取り戻すために1億円を払う」と言った方ですね。あの事件はめちゃめちゃ印象に残っています。今回は「気分転換に沖縄に来た主人公に偶然会って喋る」立ち位置の人物として登場します。

 

掟上今日子の備忘録(単行本版) 忘却探偵
 

 

 

 

 

 

以下、ネタバレまみれです。

 

 

 

 

 

 

謎の凄腕スナイパー

 狙撃された某大企業の重役、名前も性別も明かされなかった人物は、元々肺癌を患っていて、手術を終えた後だったようです。病室で療養中のその人物(ヘビースモーカー)は、窓を開けて喫煙中、外から三発狙撃されました。厄介と今日子さんで現場検証をして、開始数十頁で真相に辿り着いた矢先、今日子さんの頭にライフル弾が当たりました。弾着の後に音が鳴ったので、遠距離からのスナイプと思われます。「白髪が鮮血に染まる」という表現良いですね、色の対比が。どうやら弾丸は貫通していたようです。この場合は穿透創でしたっけ。大丈夫か今日子さん。

 

 奇跡的に一命をとりとめた今日子さんですが、「ミステリ」に関する用語を全て忘れてしまいました。加えて、銃弾を受けて失神しているにも関わらず、倒れる前の記憶が残っていて――すなわち、忘却探偵という性質を失ってしまいました。それを「記憶喪失であることを忘れた」なんて表現していました。上手いこと言うなあ。

 

 そんな中で、厄介がミステリ用語を遣わずに事件のあらましを引き出すところは流石だなと思えました。度重なる冤罪から犯罪に詳しくなるというのも、何だか皮肉ですね。さらっと描かれていましたが、厄介はここで主治医から「あのクランケが頭を撃たれたのは二度目です」と言われます。今日子さんの頭には、手術痕が残っていました。しかも一度目はライフル弾ではなく、拳銃の弾だとか。

 

 

謎に軍備に詳しい今日子さん

 その後厄介は地雷に足を踏み入れてしまったり、探偵事務所のある掟上ビルディングが重装甲のキャタピラ戦車(戦車⁉)によって全壊したりと、明らかに何かに巻き込まれている雰囲気です。厄介は「第二の事件」「第三の事件」と言ったりしてますけど、最早テロでは……?なんて思ってしまいます。

 しかし今日子さんは、そんな奇々怪々な状況を難なく打破、あるいは踏破していきます。コンクリイトによる地雷の解除、ARによる戦車と民衆の煽動などなどを言い当てます。そこにいつもの今日子さんの口調や様式はありません。探偵じみた推理は存在せず、「知っていること」を述べただけとしています。「知識を戦争に使った」という表現がありますが、まさにその通りです。探偵ができるくらい頭の良い人間が、その才能を探偵以外に発揮したとしたら。そんな今日子さんを目前にして厄介は愕然とします(連邦捜査官についての説明は次項参照)。

 

意味記憶を奪っただけでなく――探偵とは違う、別の思考回路を生み出した。

生み出したのか。

それとも――修復したのか。

連邦捜査官が言うところの、忘却探偵になる以前の今日子さんへと。

 

 この時の今日子さんの知識暴力っぷりと見開き無改行スタイルは、懐かしき病院坂黒猫を彷彿させます。

ちなみに病院坂黒猫の登場する【世界シリーズ】は私がとっても推している西尾作品です(しかも未完結)。ぜひご一読いただければ。

 

きみとぼくの壊れた世界 (講談社ノベルス)

きみとぼくの壊れた世界 (講談社ノベルス)

 

 

 

FBIエージェント ホワイト・バーチ捜査官

 事件に奔走する厄介が家に帰ると、一人の金髪の男が不法侵入していました。彼こそが掟上今日子の「以前」を知る人物。ホワイト・バーチ。FBIの捜査官です。「ブロンドの小男」と表現されており、ツンデレの妻と、八歳の娘がいるそうです。

 先程の引用文にも出ていた「連邦捜査官」が彼です。今日子さんの「以前」を知っている人物、というか今日子さんの寝室の天井にあるあの文章――

 『お前は今日から、掟上今日子。探偵として生きていく』

  を書いた人物です

 迫りましたねえ、核心に。

 彼は、掟上今日子に「探偵」という制限をかけたのは私たちだ、と言います。家に来た理由は、厄介が狙撃犯ではないことを確認し、そして保護するため。そして狙撃犯は「ホワイト・ホース」だと。探偵になる前の掟上今日子を敬愛するファンクラブ会員の一人で、戦争犯罪人なんだとか。保護というのは、その「ホワイト・ホース」から、(元)今日子さんの語り部である厄介を守るためでした。留守中に爆弾が仕掛けられている可能性もあるとのことで。バーチ捜査官、意外といい奴かも。

 ここでタイトルが回収されていますね。鑑札票。ドッグタグ。ちょっとこじつけっぽいですね。前作『設計図』では犬が登場していたので、それ繋がりかなとも思ったのですが、読みが外れました。

 ちなみにホワイト・バーチは、日本語で「白樺」だそうです。

 

 

厄介、沖縄へ行く。

 バーチ捜査官には「国外に逃げろ」なんて言われていますが、そんな気は微塵もなく。偽りの逃亡先として沖縄を選びました。飛行機で那覇空港へ降り、ひめゆりの塔へと向かいました。沖縄戦の慰霊碑――戦争の爪痕ですね。「ちゃんと戦争と向き合わないと」という意識の元、平和祈念資料館にも伺ったりしています。

 作中でも厄介が痛感していますが、「ちゃんと向き合う」って難しいですよね。実体験するわけにもいかないし、ただ現実を見てショックを受けてしょんぼりしているだけでは、「向き合う」とはならないわけですし。

 

 そんなときに厄介は、奇遇にも里井有次に会いました。連載を一つ終えそうな彼女は、次回作の構想を練るためにここに訪れたのだとか。二人はそこで、創作について、漫画について、そして戦争についての会話劇を繰り広げます。この掛け合いは面白かったです。書籍化はされていませんが、同作者の【なこと写本シリーズ】で登場しそうな話でした。

 

歳を重ねて経験を重ねると、若い頃のようには描けなくなったことを感じるよ――

 

 同じ作家先生でも、年が経つにつれて作風も作品も変わっていきます。「あの頃の作風の方が好きだったのになあ、変わっちゃったなあ」というのは読者側の勝手な考えであって。同じ時を過ごしている作家なのだから、同じように色々なものを感じ、経験し、体験し、実感して、痛感して、何より生きているんです。変化がある方が自然なんですよね。たとえその変化の末に、一人の読者を幻滅させることになったとしても。

 こういう時、あの戯言遣いなら何と言うのでしょうね。

 戦争を見て現実を見て落ち込み、筆を折ろうか、などと里井先生は逡巡します。それに対する厄介の考え方は、多少尖ってはいましたが結構好きでした。

 

 エンターテインメントが戦争より弱い、なんてことはない。

 ないんだ。

 娯楽が人間を駄目にする? ふざけるな。どう考えたって、戦争のほうが駄目にするだろう――だったら狙撃銃なんて、地雷なんて、戦争なんて、ミステリーの道具立てにしてしまうのが正解だ。

 兵器など遊び倒せ。

 だからもし筆を折りたい――この時代から降りたいなら、才能が尽きたとか、億を稼いでモチベーションがなくなったとか、プレッシャーに負けて潰れたとか、別の理由にしてもらおう。

 僕に会ったせいにされても困るし――そんな冤罪は勘弁だ。

 

 その後美ら海水族館に行ったりして(デート?)、次の章では厄介は掟上ビルディングの跡地に戻っていました。里井先生との会話の中で、ヒントを見つけたのだとか。防空壕。よくもまあこじつけたなという感じですが、確かに沖縄にガマとかありますしね。掟上ビルディングの地下にも、秘密の空間があるのではないか――という見解に至ります。そしてあっさり見つけます。本当にあっさりです。地下への扉を開き、かかっていた梯子を降り、そこにボロボロの衣服を着た変死体を見つけ――たのですが、それはぼろい衣服ではなくギリースーツ(狙撃手が着る迷彩服)(表紙イラストの伏線回収?)で、変死体ではなく生きた人間で――厄介は気絶させられます。その人物こそ、バーチ捜査官が警戒していた「ホワイト・ホース」その人でした。

 

 

ホワイト・ホース

「――これで俺は、掟上今日子になれる」

 掟上今日子が忘却探偵になる以前の――戦地調停人だった頃の影武者であったホワイト・ホース(一人称は「俺」ですが、今日子さんと瓜二つらしいので、ここでの三人称は女性のものを使います)。

 彼女の目的は、掟上今日子自身になることでした。親しむ「マム」の余生を過ごしたい。自分ではない何かになりたい。だからこそ本物の「マム」――今日子さんには、元の記憶を取り戻し、戦地調停人に戻ってもらおう、と。

  今日子さんが『掟上今日子』になる前は、戦地調停人をしていたことが明かされます。年齢を考えると【物語シリーズ】の羽川翼

 そして今日子さんの生き標とも言うべき数多の推理小説を読む前に、邪魔者の厄介を排除しようと銃口を向けられます。ホワイト・ホースは、地下の図書館にあった推理小説を全て読み漁り、完全に「掟上今日子」になろうとします。

 そんな彼女に、厄介は言葉をぶつけます。

 ここでの厄介の「同じ本を読んでも形成される『人間』は違う」理論は面白かったです。

 

――つまり、あえて照れずに、声を大にして表明するなら、これが本当の

掟上今日子の備忘録』――だ。

 

 隠館厄介が、ちゃんと「西尾維新作品の」語り部をしていて驚きました。

 やればできるじゃん、厄介さん。

 

 

終劇(終戦

 結局厄介は今日子さんに助けられました。厄介の根回しが巡り巡って、今日子さんをビルディングの地下に誘導し――つまり厄介が来る前に今日子さんは既に地下図書館に来、そこにある小説群を読破して、「忘れることを思い出していた」、と。読書体験の詰まった書籍を読みなおすことで、「忘却探偵」という個性を復活させた……何だかこじつけっぽいですが、煙に巻かれておきましょう。

 今日子さんが今日子さんでなくなってしまって……記憶を上書きし直して……という筋書きは、ドラマ版『掟上今日子の備忘録』最終話を彷彿させました。

 本人が記憶していない以上、ホワイト・ホースの言う「マム」が今日子さんであることを証明する手立てはなく、結局真相は分からずのまま物語は終わります。帯や惹句で色々広告していた割には、少々物足りなく感じてしまいました。

 物語の〆がちょっぴり耽美になるのは、原点に帰ってきた感じがしますね。

 

 

 

ちょっぴり愚察

 今回初登場したFBI捜査官、ホワイト・バーチ氏。ホワイト・バーチは日本語で「白樺」。「白樺」と言えば、私は1910年に発刊された文芸同人誌『白樺』とそれを中心にして興った思潮、「白樺派」が想像できます。時を同じくして1908年、伊藤左千夫、蕨真一郎など短歌の先鋒達が集まって、さる短歌結社誌が創刊されます。『馬酔木』を源流にして作られたその雑誌の名は――まあみなまでは言いませんけど。

 恐らくその繋がりが、ホワイト・バーチの名付けた意味なのではないかと思ったりします。さしずめ次はホトトギスでしょうか。そう考えると、バーチ氏の奥さんや彼が昔呼ばれていた称号(?)、金髪なのは相方の誰かさんの影響、などと考えると何か繋がった気になってきますが…………… きっと私の気のせいですね。

 

 

おわりに

 あとがきには、「【忘却探偵シリーズ】は第二十四弾まで続く」と記載されていました。驚天動地。完結まで生きていられるでしょうか……。

 (愚察でちょっと触れていますが)この作品に「何か」を期待している方は、ハラハラドキドキしつつも、読了後「またかよ~」「ハイハイ知ってた知ってた」となること請け合いです。

 学生時代から、書籍として出版されている西尾さんの作品の大半は読んだつもりです。恥を承知で表現するなら「青春を共にした本」でしょうか(耳が赤くなりそうな表現です…)。しかし最近はちょっとだけ惰性になりつつあります。読むのも買うのも。

 そろそろ卒業ということなのでしょうかねえ。

 

 

というわけで、西尾維新さんの『掟上今日子の鑑札票』でした。

これにて擱筆

 

こけら